『慰霊の日』 沖縄戦75年 悲劇忘れない 沖縄県糸満市の平和祈念公園で営まれた沖縄全戦没者追悼式(23日)

 

 平和の詩『あなたが あの時』は、心の響きました。

 日本国民は、沖縄の悲劇をきちんと知らなければなりませんね、

 無念、悔しさ、家族のことを想い尊い命を亡くした沖縄全戦没者に敬意を表 し、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

2020沖縄県糸満市の平和祈念公園で営まれた沖縄全戦没者追悼式(23日)
2020沖縄県糸満市の平和祈念公園で営まれた沖縄全戦没者追悼式(23日)

頭に砲弾 亡き姉を思い

2020/6/24付 情報元 日本経済新聞 朝刊

 沖縄県は23日、太平洋戦争末期の地上戦で組織的な戦闘が終わったとされる「慰霊の日」を迎えた。新型コロナウイルス感染防止のため県主催の「沖縄全戦没者追悼式」は規模を縮小し、安倍晋三首相らの招待も見送られた。会場の平和祈念公園(糸満市)では多くの人々が犠牲者を悼み、記憶の継承を誓った。

午前11時50分に始まった式典には、遺族代表や玉城デニー知事ら約160人が参列。正午に犠牲者に黙とうをささげた。例年は5千人規模で行われるが、広島、長崎両市長らの招待も見送りとなった。会場には「他の人と十分な距離を取ってください」との看板が立てられ、参列者は検温後に会場入りした。

 

 玉城氏は式典で、戦後75年たっても米軍基地が沖縄に集中し「県民生活に多大な影響を及ぼしている」と訴えた。安倍首相はビデオメッセージで「政府として基地負担の軽減に向け、一つ一つ確実に結果を出す」と話した。県立首里高3年の高良朱香音さん(17)は自作の平和の詩「あなたがあの時」を朗読した。

 

 沖縄戦犠牲者らの名前が刻まれた「平和の礎(いしじ)」の前では時折雷鳴も響く雨の中、遺族らが碑に刻まれた犠牲者の名を指先でなで静かに手を合わせた。

 那覇市の赤嶺清光さん(81)は沖縄戦で姉を失った。当時6歳だった赤嶺さんは沖縄本島の北部で壕(ごう)に逃げる途中、米軍の艦砲射撃に遭った。姉の頭に砲弾の破片が当たったのを鮮明に覚えている。姉の名が刻まれた礎の前で「平和な時代だからこそ、戦争の体験を伝えたい」と思いを新たにした。

 

 糸満市の「ひめゆりの塔」では、沖縄戦で旧日本軍に動員された「ひめゆり学徒隊」の慰霊祭が営まれた。教師13人を含む136人が犠牲になり、例年数百人が参列するが、新型コロナの影響で遺族への呼び掛けは見送った。

 

 隣接する「ひめゆり平和祈念資料館」の関係者ら約20人が参列。戦時下の卒業式で歌おうと練習していた「別れの曲」や校歌を声を震わせながら歌った。元学徒で前館長の島袋淑子さん(92)は「亡くなった友達や先生の顔が浮かんできた。戦争がなければ、みんな元気に生きることができただろうに」と涙を拭った。

 

 天皇ご一家が御所で黙とう

 

 宮内庁によると、沖縄が「慰霊の日」を迎えた23日、天皇、皇后両陛下と長女の愛子さまは住まいの赤坂御所(東京・港区)で黙とうされた。