「独りの最期」遺品や財産どう処分? 財産管理人の現場

*遺言なき故人に敬意を表します。

家族に見守られ、静かに人生を閉じる臨終だけではない。

進んだ核家族化の終焉、これからはそれぞれの臨終……

 

          日本経済新聞 7月8日(月)朝刊 ドキュメント日本

相続人がいないときの流れ
相続人がいないときの流れ

 遺言がなく、法定相続人もいない故人の財産を清算する人々がいる。相続財産管理人。最高裁によると、選任数は2017年に初めて2万人を突破し、少子高齢化や50歳時未婚率の上昇が続く社会で存在感を増している。残された遺品や財産はどのように処分されるのか。「独りの最期」に寄り添う清算の現場を取材した。(川崎航)

18年8月、東京都内で事務所を営む50代の男性弁護士は、古い一軒家の前に立っていた。家庭裁判所から受任したのは80代女性の遺産の清算。この日は女性の財産の状況を確認するため、初めて自宅を訪れた。

 

 玄関扉を開けると、目の前に立ちふさがったのは「ゴミの壁」。近所の人によると、女性は独身で統合失調症のため数年前から施設に入っていたという。家の中は床が見えないほど散らかっていたが、高級ブランド品の箱や、何度も海外旅行をした跡が残るパスポートも出てきた。

不動産は「そのままの状態」で売却するのがルールで、清掃はしない。だが、滞納した税金の督促状や証券会社の通知が見つかることもある。女性には成年後見人がいるため、預金通帳や土地の権利証は管理されていたが、未把握の財産がある可能性も残っていた。

男性弁護士は、ゴミ袋を開けて故人宛ての郵便物を探し、役所や近所に聞き込んで、受け取っていない年金や交際相手の有無まで念入りに調べた。

相続財産管理人は、債権者や自治体などの申し立てを受けた家庭裁判所から選任される。官報などを通じて相続人を探し債権者への返済や特別縁故者への分与を進め、残った財産を国庫に引き継ぐのが仕事だ。受任実績などを基に弁護士や司法書士などが選ばれる。

男性弁護士は16年以降、8人の故人と関わった。このうち7人が未婚で子供もいなかった。今回の事案では、女性と親族が眠る墓を別の共同墓地に移す役目も担当。霊園の記録では、墓には3体の遺骨が安置されているはずだったが、出てきた骨つぼは4つ。調べると性別不明の1歳前後の幼児の遺骨だった。真相は分からなかったが、4体の遺骨を共同墓地に移した。

来年2月には不動産や遺品を売却・処分し、残った財産を国庫に引き継ぐ。清算完了には通常1年以上かかり、割のいい仕事とは言いにくい。それでも男性弁護士は「故人の『歴史』に寄り添う意義ある仕事。生きた証しに敬意をもって向き合っている」と話す。

男性弁護士が過去に担当した案件では、家主が去った家に物が散乱し、万年床が敷かれたままのことも珍しくないが、例外もある。

都内で亡くなった60代男性は「『終活』が完璧だった」。自宅には数字が書かれた箱が整然と置かれ、「印鑑は何番」「通帳は何番」「死後に連絡を取ってほしい人」などと記されたメモが残っていた。男性は若い頃に東北地方から上京。仕事一筋で独身だった。墓の準備まで済ませていたが、遺言状だけがなかった。

高価な遺品は換金するのが一般的だが、別の選択をしたケースもある。ある80代女性の家から出てきた大量の着物。換金もできたが、故人が大の着物好きと知り、法定相続人ではない親族に引き取ってもらった。「懐かしい。こんなところにあったの」と親族は心から喜んでくれた。

家族に見守られ、静かに人生を閉じる臨終のイメージは今、大きく揺らいでいる。清算の現場からは、去り際の身支度の大切さが伝わってきた。

65歳以上の一人暮らし人数
65歳以上の一人暮らし人数

 国庫入り、年525億円に

 

 相続財産管理人は1898年に始まった歴史のある制度だが、2000年代に入って選任数が急増しており、00年の7639人から、17年の2万1130人へと約2.7倍に増加した。「相続人不存在」で国庫に引き継がれる金額も増加傾向にあり、17年度は約525億円に上った。

 背景には単身高齢者の増加や50歳時未婚率の上昇があるとみられる。内閣府によると、15年時点で65歳以上の一人暮らしは約592万人。40年には896万人に増えると予想されている。

 国立社会保障・人口問題研究所によると、15年の50歳時未婚率は、男性が23.37%、女性が14.06%。男性の4人に1人、女性は7人に1人が「独り身」だ。