自分を褒めて 新年へ

毎年の健康診断のたびに悪い項目が増え、それだけでも具合が悪くなりそうだ。悪いところをみつけるための検査だから、仕方ないのだが「年の割に視力はいいね」とか、一点でも褒められれば、よし薬もちゃんと飲もう、という気にもなるだろう……。

 これは意思の弱い人間の甘えだ。けれども、少しでも自分を肯定しないことには前向きのエネルギーが生まれてこないのは、天才とみられる人たちでも同じようなものらしい。

 イチロー(マーリンズ)がメジャー通算3000安打を達成したとき、こんなことを言っていた。

 「達成感とか満足感というのは味わえば味わうほど、前に進めると思っていて、小さなことでも満足するということはすごく大事だと思う。だから僕は今日この瞬間、とても満足だし、それを味わうとまた次へのやる気、モチベーションが生まれてくる」

 質問は常に上を目指しているイチローにとって、3000本の達成感が邪魔になるのでは、というものだった。その見方を否定したうえで、イチローは筋目筋目で満足することが大事、と言った。自分で自分を褒める、ということにもなるだろうか。

 「自分を自分で褒めたい」といえば1996年のアトランタ五輪で、2大会連続のメダルを獲得した女子マラソンの有森裕子さん。80年に日本プロ野球初の3000本安打を達成した張本勲さん(当時ロッテ)も、そっくり同じコメントを残している。

 彼らの満足は成果が出るまでの日々の厳しさの裏返しであって、漫然と過している人間がまねをしたら自分を甘やかすだけに違いない。

 それにしてもイチローの言葉はうれしい。3000安打やメダル級の壮挙でなくても、何か満足できることがあれば、それが次の一歩につながる、というのだから勇気が出る。

 医者にも誰にも褒められないなら、自分で自分を褒めようか。一年を振り返り、どんなに小さなことであれ、自己満足のタネの一つもみつかれば、新年に向かってのやる気も湧いてこよう。

 

2017.12.29

日本経済新聞 逆風順風 篠山正幸 著